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ゲーミングチェア・ディテクティブ 1

Author: 北園れら
last update publish date: 2026-07-07 15:08:11

きっさ─てん【喫茶店】:①コーヒーや紅茶といった飲み物や菓子・軽食などを提供する飲食店。②儲からない店の象徴。大手チェーンが競合相手になる割に客単価も回転率も悪く、良くも悪くも夢とロマンに溢れる業種。「誰もが人が来ないのになぜか潰れない喫茶店を経営したがっている」

 ────────────────────

「そういえばこいつら妙なことを言ってたな。『前任者が殺された』『下っ端にも仕事が回ってきた』とか」

「……マスターってもしかして大物?」

「あ? なんでや」

「それどうしてもあなたを殺したい奴がいるってことだよ」

 花火は豹虎をまっすぐ見つめて言った。

 困ったことに心当たりしかない。豹虎は自分が詐欺師かつヤクザの金庫番だった頃の記憶を遡った。詐欺、脱税、借金の踏み倒しにマネーロンダリング、とにかく色々なことに精を出していた。

 輝かしい青春時代だ。朝まで飲んで河川敷で垂れ流したゲロに偶然架かった虹とよく似ている。

「犯人に心当たりとかないの? ほら、詐欺師の頃に騙した相手の家族とか友達とか」

「お前は自分が殺した人間の身内まで全員把握しとんのか?」

 花火はこめかみを触ったまま動かなくなった。

「……つまらん冗談や。つまりアレか、こいつらが仕留め損なったから俺はまた狙われてまうと」

 豹虎が親指でドレッドを指すと花火は「その通り」と頷いた。

「それってチャンスじゃない? 二十億争奪戦のカギは向こうから寄ってくる」

「ああ。なんでか知らんけど俺の命狙っとる」

「だからマスターにはつよつよボディーガードが必要。殺し屋を返り討ちにできるくらいのやつ」

「そんでお前には当面の衣食住と協力者が必要」

「利害の一致だね、マスター?」

 命を狙われた元詐欺師と追放された元殺し屋。二人が組むのはいちおう合理的でお互いのギブアンドテイクが成立している。

「……せや、お前どこで店《うち》のこと知った?」

 しかし偶然にしては都合が良すぎる。豹虎は流石に第三者の存在を疑わずにはいられなかった。

「なんかテレグラムにメッセージ来てて」

「怪しすぎるやろ……お前よく今まで詐欺とか遭わんかったな」

「騙されたら追い回して殺してたから」

「騙されてはいるんかい」

 その前にまずは目の前の問題に対処すべきだ、と花火がわざとらしく咳払いをした。

「そうだ、もうすぐ到着すると思う」

「あ?」

「掃除屋《クリーナー》」

 事が済んですぐ、彼女はスマートフォンでどこかに電話を掛けていた。家も銃も売り払ってもスマホだけは人類の必需品だ。程なくして路地裏の近くにバンが停まった。ハイエースもまた人類の必需品なのかも知れない。

「おっす。美鶴《みつる》」

「……お疲れ様です。花火さん」

 血と汗の匂いに顔色ひとつ変えずに現れたのは二十歳くらいの若い男だった。髪は黒色のセンターパートで今風だが目つきは悪く、歩くたびにガサガサ音が鳴る化学繊維のツナギを着た大男。猫背だが百八十センチはあるはずだ。

「〈いちこくクリンナップ〉の青葉と言います。そっちの人は」

「わたしの新しい主人《マスター》」

「マジすか。大変っすね」

 淡々とした口調だが同情が込められていたのは伝わった。聞いたことがない会社名を名乗った男はバンから黒くて分厚い袋を取り出すと、路地裏の埃に鼻をくすぐられた豹虎がくしゃみをしている間に襟足の長い殺し屋を詰めて車の中に放り込んだ。そういえばあの男、花火の回し蹴りを側頭部に食らってからピクリともしていない。

「あっちのデカいのって息してます?」

「そう、生け捕り」

「オプション最近高くなりましたけど」

「払う。どのみち組合の後ろ盾無しで私が使える業者なんて美鶴のトコくらいでしょ」

「まあそうっすね。もう殺し屋じゃないんだから無茶したら駄目っすよ」

 そう言ってまた淡々と、今度はドレッドを麻縄と結束バンドで縛り付けてトランクに詰めた。

「……色々聞きたいねんけど」

 あっという間の出来事で頭が追いついていなかった。青葉美鶴と呼ばれた青年はもうコンクリートに薬剤を撒いて血液をこそぎ落とす作業に入っている。

「色々! 聞きたい! ねん! けど!」

「見積もりですか?」

「違っ……そもそもどちらさんですか!?」

いちこく・・・・の」

「それが何やねんて話をまずさせて!?」

 裏社会と一言に言ってもいくつかの階層に分かれている。豹虎がいたのはヤクザや半グレと警察が争っていた表層。司法が通用する世界。

 花火と美鶴がいるのはそれよりもっとずっと下層だ。本来裏社会のごく一部の人間しか知らない殺し屋と掃除屋が活動する深層の裏社会。表層から表社会に復帰したがっている豹虎が殺し屋の存在を知らなかったのも当たり前の話で、同じ裏社会でも住んでいる世界が違うのだ。

「……見ての通り。俺は殺し屋から依頼を受けて死体処理をするのが専門の清掃業者っす」

「美鶴はわたしの数少ない友達なんだよ」

「花火さんはガチのマブっすね」

 こいつ友達いたのかよ、となぜか残念な気持ちになりつつ「ガチのマブ」と豹虎が聞き返す。

「そう。一緒に死体埋めた仲」

 どうやら小粋な冗談ではないらしい。美鶴が荷物を片付け始めた頃には路地裏は何事もなかったかのように整然としていて、仕上げにゴミ箱を蹴飛ばすと完全に元の様相を取り戻した。

「……プロの殺し屋にプロの掃除屋、ねえ」

「じゃあ見積もりなんすけど」

「はい?」

「花火さんの依頼なんで割引つけときますね」

「お、さんきゅー」

 十年落ちの軽自動車が買える額だった。

「……ちょ、ちょっと待て」

「二人分《・・・》の命の値段にしちゃ格安でしょ」

 そう言われてしまえばそこまでなのだが、いかんせん豹虎には金がない。かといってクレジットカードは元暴五年条項で加入を禁じられている。おそらく、後払いができる業界でも無い。

「花っ……」

 豹虎が詐欺で稼いだ金はほぼ全て組の上納金に溶けた。手元に残っていたのは売れない喫茶店の所有権だけだ。プロの殺し屋の方がよほど稼ぎがいいのは目に見えている。というか、花火はもとから自分で支払う気で美鶴を呼んでいた。

「……ッ、ちょお待っとれ!」

 だが、かといって大の大人が十六歳の少女に金を払わせるほど情けないこともない。財布をコンクリートに叩きつけて豹虎は駆け出した。

「え、逃げた?」

「美鶴見てこれ」

「うわぁすっからかんじゃないすか」

 人の財布をそんなに躊躇なく開ける奴がいるかと叫び出したい気持ちをぐっと堪えて裏口から喫茶ケチャップに駆け込む。元暴力団組員は簡単に口座を発行できないので金は全て自宅兼店舗の喫茶ケチャップの金庫で管理していた。丁寧に小分けしていた札束を引っ掴み、ちゃんと鍵をかけて戸締りしてまた戻る。

「はあ……はあ……おい中分け」

「センターパートすかね」

「お前……さっき二人分の命つったよな」

「え、はい。二人とも生きてたんで」

 花火が「あっぶな」と漏らした。

「ワンチャン死なせてたかと」

「そない詰めが甘々やから大事なもん盗まれるんと違うか」

「むう……」

「今回はそれでええんや。ほなこれで頼むわ」

 豹虎は血の味を噛み締めながら美鶴に現金を手渡した。誰も死なせていない。だったらいい。対価を支払うことになんの抵抗もない。

「ちょうどっすね。あざした」

「なあデカい声出していい?」

「はい?」

「……クソが!!」

 しかし豹虎は嘘をつけないので素直に絶叫して天を仰いだ。さらば明日以降の食費。

 そして光熱費の支払いをまだしていなかったことを思い出し、更に上体を逸らしそのまま仰向けに倒れ込んだ。

「多分ですけどあんた裏社会《アングラ》向いてないっすよ」

「俺やっておりたないねんこんな場所……」

「そこが良いんだよわたしのマスターは」

 どこか保護者ヅラしながら花火が頷いた。

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